あなろぐばあちゃんのつぶやき

Yahooブログ育ち、4人の孫のおばあちゃんです。

「医療ミス」に思うこと

マスコミは騒ぎすぎ、問題の取り上げ方を間違っています。
インシデントレポートの数をもって、病院が危ないと書き立てる無神経。

ところで、医療者は神様ではありません。
だから、成長するものです。

最近、インフォームドコンセントにおける若い医師のミスにより、大変な苦労を致しました。
しかし、修復に向け真摯に調整を努められた、コメディカルスタッフに患者と家族は救われました。
責任者の先生に再度説明をいただき、最善を尽くしていただくという最良の選択ができたことを幸せに思います。

病弱な心身とつきあう私にとって、医療は暮らしの一部です。
その中で、数々のミスや誤診に遭遇してきて、患者側もそれを回避するための努力が必要と痛感します。

また当事者と時を経て再会、成長を共に喜ぶ機会を度々得たことを幸せに思っています。
幸い、ミスで生命を落とさなかったから、こんな暢気なことを言えるのかもしれません。
ただ、問題の大小はさておき、所詮人間社会の出来事で「気持ち」が導く結果があります。
信頼関係が構築されているか否か、あるいは医療者の誠意が伝わるか否か。
これは大きな問題です。

患者は医者を選ぶことができます。
しかし医者は患者を選べません。 ←フツーは、デス(笑)
これは相当のハンディだと思います。

経営のうまくいっている医療法人を経営されている、資産家のお医者様の中には、
ミスったらやめると豪語なさる方もあるかもしれません。

  しかし構築された信頼関係のもとでは、患者が望むことは、
  そのミスを糧としてさらに成長していただくことなのです。



ところで、この数年、あらかたの不調を針と漢方薬で乗り切っています。
先生は絶対に効くと自信を持って治療されますが、「ぴったりこない」時もあります。
ちゃんと申告すれば、次回は必ずいい結果の出る治療を受けることができます。
広範な意味で「みたて」が違っていたのでしょうが、それをミスとは言わないでしょう。

より良い医療を支えるのは医療者だけではありません。
より良い「患者のための医療」を享受するために、私は良い患者でありたいと思います。







保険制度や医療行政への非難が渦巻く中、
あらかたの庶民は、良い医療を、世界水準と比較すれば安すぎる自己負担で享受できている現実。
評価してもよいかと思います。